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2011-03-22 (Tue)
片道15kmほどの道のり、いつものデイサービスへ娘を送る

宮城のネット友はどうしてるだろうかと、思う
(5年前にブログを書き始めて、最初にコメントをもらったんだ)
「家帰ったらメールしよう。確か、アドレスあったよな・・・」

ご近所の奥さん、息子同士が同級生
(関東アクセントで、きれいな標準語でしゃべるんだ)
ゴミ出ししながら、会話
「東京の父が一人暮らしで、ホントに何もなくて買えなくて・・・」と、つぶやく
(何もしてあげられないんだよね、こんな時でも・・・)

とある青い看板のコンビニ
『備えあれば・・・』と、ペットの水とパックごはんを大量販売してた
(おいおい!今の富山で水も米も不足はあり得ないだろ!!)

デイサービスの理事長に会釈してから、
(今度、災害時にどうするか。じっくり話し合わなきゃ)、ぶつぶつひとりごと

帰りの車中もいろんなことを考えてた


ふと。
助手席のバッグを見て・・・


「え゛っーーーーー!!!!!」

黒いリュックには、オレンジ色のミッフィーちゃんがあるじゃないか
ということは・・・

そう。
娘のリュックと間違えて、自分のを持たせてしまったワケだ
携帯電話も財布も免許証も全部入ってるのに・・・


しばし、凍結。


Uターン。
免許不携帯なので、交通法規は一段と真剣に遵守

射水市のデイサービスに戻って、事情を説明
娘とバッグは、隣の高岡市のデーサービスに移動した後

理事長の「ダラ!」の声を後ろに急ぐ

結局、往復40km走行、ロスタイムの山


ま。
こんなこともある



今日は暖かい。青空も陽射しもポカポカ
のん気な自分に苦笑い

こんな日は、「ふきのとう味噌」でも作ろう
春の苦味が旨いさ


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| 「なーん」 | COM(2) | TB(0) |
2011-03-14 (Mon)
宮城県仙台市太白区
社会福祉法人 ありのまま舎

縁あって、数年前から機関誌を送っていただいている
筋ジスなどの難病患者のホスピスがある
私は、記事を読みながら・・・「終の棲家」を考える

「死が日常茶飯事のように繰り返される病棟・・・」と、言葉が始まる
「生きることは一瞬の輝きの連続」と、解する

いつの日か、ここを訪れたいと思っていた
いつの日か・・・

今はどうされているのだろうか・・・
みなさま、どうかご無事で!
祈り続けている

**********

昨日の、「神通川マラソン大会」は中止になった
正直、楽しく走れる気分ではなかったよ


「もし被災したら?」と、夫と話をしてた
夫は、「最悪の場合、娘を捨てて逃げろ!」と、言った
私は、返事ができなかった

「でも、逃げられるとしたら・・・」
52kgの歩行困難な娘を背負って?車イスを押して?どうする?
できるのか?でも、あきらめたくないだろ!
自問自答・・・


新聞記事を読みながら、テレビの映像を正視しては涙がでる
様々な思いが頭の中を流れる


大会中止の後、私はそのまま走り出した
立山信仰のひとつ、雄山神社へ参拝ジョギング

途中、さだまさしの案山子が流れた
「元気でいるか~?」歌いだすだけで、半泣きになった
友の顔が浮かぶ

宮城出身の中村雅敏のふれあい、さとう宗之の青葉城恋歌
歌いながら走った


いつものコースなのに、いつにもなく足が重かった。痛みがひどかった
重い気持ちのせいだろうか?


「もし被災したら?」走りながら、また考えた

(あ。そうだ。今、走ってるのは、きっと、そのためでもあるんだ)
(娘を守るため、私は強くなりたい。そう、ありたい)



| 思う | COM(2) | TB(0) |
2011-03-11 (Fri)
生後80日で、原因不明の急性脳症にかかった娘
今でも、「もし・・」と思ってしまう。

あの頃は、本当に【必死】だった
「見込みがない」という医師と戦ってた
少しでも味方になってくれる専門家を探し続けてた

その時出会ったのが、作業療法士のアー先生
手指の作業でリハビリするなんてことはしなかった

いつも驚くほどの新しい考え方とやり方を見つけてきてくれた
『しょうがいがあっても!』
と、本気で思えるまでに成長させてもらえたんだ

親として、人としてのあり方を一緒に探してきた
彼女の存在なしに、今の私と娘はない


二十数年、娘の成長を支えてもらった
そのアー先生が転勤することを聞かされた

あまりに突然のことに、今も心の整理が付いていない
重心の子をもつ多くの親ごさん達も皆そうらしい

「お世話になりました。お元気で。また、どこかで」
なんて、ありきたりの言葉じゃダメなんだ

この感謝の気持ちをどう表したらいいのか、わからない
今は、まだ


けれど。
いつかは書き残したいと思う

先生から教わったことを。




| 共生 | COM(2) | TB(0) |
2011-03-04 (Fri)
3月雪にしては、とても寒い日が続いてるね
日中の陽射しは春めいてはいるのだけれど・・・

そう、3月3日のひなまつりは結婚記念日
(なので、忘れようがないんだ)
もう、26回目・・・!?
まだ、26回目・・・??

とりあえず休暇を取った夫
娘をデイサービスに預けてから、ささやかな「ゆとり時間」を過ごすことに

まずは、映画を観にいく
『あしたのジョー』実写版
あまり期待してなかった分、よかったよ

昭和40年代のあの頃にドップリ浸った
汚く、忙しく、がむしゃらだった、誰しもが
「豊かさ」に憧れて。みんな必死に働いて・・・
今の物量の豊富さは、あの時代のたまものだよね

家の前のじゃり道、裏のドブ川
豆腐売り、銭湯、紙芝居・・・

夏は扇風機、冬はストーブ
家にテレビは1台、車も1台
どこかへ行くのは、バスか電車(あの頃は汽車と呼んでたよ)

両親は休む間もなく働いてて
私は妹を保育園に迎えに行って
ふたりで風呂に入ってゴハンを食べてた

転校生というので学校になじめず、漫画漬けの本の虫
それでも、別にヨカッタんだ

そんなことをつらつら思い出して、しゃべってた
今は珍しくなった喫茶店の隅で
イチゴパフェを食べながら・・・


それから、県内にひとつしかない百貨店行って、デパ地下巡り
ひなまつりのちらし寿司と春の和菓子を娘のおみやげに買った

後は、紀伊国屋書店でひまつぶし・・・

それだけのことだけど
毎日の、追われるような慌しさから解放されたよ



| ゆとり場 | COM(2) | TB(0) |
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